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屋根裏のゴミ

おもにゲームとか映画とか旅行とか、超独断と偏見に基づいたことをおすすめするブログ。

そろそろ冬なので花帰葬を全力で考察してみる

 「この世界はどうしたら君に償えるんだろう…」

 

非常に印象的なフレーズがキャッチコピーの、Haccaworksによって制作された同人PCゲーム。発売後、予想以上の反響があったため現在ではPS2版とPSP版に移植されている。

最近VITAを起動しなさすぎてただの文鎮と化していたのだが、このゲームがVITAでもDLできると聞いたのでふと懐かしくなり久々にプレイしてみた。ら、予想以上にどっぷりハマっている自分がいたのでつらつらと感想を書いていこうと思う。

花帰葬

花帰葬

 

 実はこの作品、私にとって初めて志方あきこさんを知ることになる、最初のきっかけであった。

 

中学生時代、例によってネット中毒の片鱗をみせていた私はふらふらとネットの海を漂っている最中に、ふと目に留まったのがこのゲームのOPだった。

そのページには、この花帰葬というゲームのOPの曲が素敵すぎて何度もリピートしている…などと書かれており、興味を惹かれた私は再生ボタンを押した。

正直言って、衝撃だった。今まで出会ってきたどの音楽にも属さない独特な旋律、そして美しい歌声。そんな神秘的な音楽にのせて動くゲームのOPも、白く、儚く、そして切ない映像だった。

私は生まれつきの性格上、一瞬でも自分の心に触れたモノはすぐにでも深く知りたくなる性分なのだが、このゲームも例外ではなかった。

すぐにゲームを買いに走り、一日中プレイした。後にフルボイス化して発売されたPS2版もプレイした。そして今回、数年ぶりにDL版をプレイ。…うん、やっぱり良い。すごく良い。

 

話の流れを知らない方のために超簡単に解説しておくと、まず特徴的なのが登場人物が5、6人ほどしか出てこない箱庭ゲームであるということだ。人が人を殺しすぎると「玄冬」が生まれ、彼を媒介として雪が永遠に降り続き世界を滅ぼしてしまう。だがもし「救世主」が「玄冬」を殺せば、雪は止んで世界は滅びを免れる…という、そんな可哀想な運命を背負った「玄冬」と「救世主」の話である。

 

「世界が滅ぶ」というのは最早ゲームにおける鉄板ネタであり、特にRPGなんかは中盤以降から「世界を救う」ためになんやかんやと頑張るストーリーが主である。だが大抵のストーリーはあまりにも非現実的で、どう世界が滅ぶのかがイマイチよくわからなかったり、とんでもなく強いラスボスの世界破滅計画を阻止するものだったりする。

だからプレイしている最中に、あれ…?どうして主人公たちは世界を救おうと頑張ってるんだっけ?何で世界が滅んじゃうんだっけ?と自問自答することがよくあったりする。笑

 

だがこのゲームはそこが違う。

世界を滅ぼす存在は「雪」なのだ。雪が止め処なく降り続き、どこまでも静かに、どこまでも美しく、世界は終わりを迎える。

 未だかつてこんなにも美しい世界の終わり方があっただろうか。「世界が滅ぶ」=憎悪に包まれた悪しきイメージしか抱くことができなかったので、この終わり方を目にした時は驚嘆した。だからか、不思議と世界を救おうという気持ちよりも、雪に覆われ静まりかえった世界をみてみたいという気持ちが働いてしまうのである。これは主人公が世界を滅ぼす存在である「玄冬」だから、という理由も少しはあるのかもしれないが、少なくとも私はこんな美しく儚い終わり方をする世界に惚れてしまった。

 

また、このゲームは一般的なノベルゲームと大きく異なり、はじめのプロローグを除いて全てのシナリオが登場人物の台詞で構成されている。私は同じように台詞による構成が大多数を占めるケータイ小説なるものが非常に苦手なのだが、そこはゲームと小説の違いなのか、何の違和感もなくすんなりとゲームの世界に入り込んでいけたのだ。むしろ登場人物の台詞ではない「解説」があったら、このゲームのバランスは崩れていたのではないかとすら思える。解説はその状況をわかりやすく説明し、キャラクターの心理描写なども手がける。が、時としてプレイヤーを第三者の目線で留めてしまうことがあるのだ。そうなると、プレイヤーは物語を箱の外から眺める形になってしまう。登場人物の少ないこのゲームで第三者視点になってしまうと、ただの「物語」で完結してしまうような気がする。

 

ストーリーのボリュームだが、これもかなりちょうどいいと個人的に思っている。一日中ずっとプレイしていれば、それだけでフルコンプできてしまうくらいの量で一般的なゲームと比べるとかなり短いお話なのだが、小さな箱庭世界の物語がうまくコンパクトにまとめられており、非常に完成度が高い。言い方を変えれば、ムダがないのだ。

登場人物が少ないこともあって、無駄なキャラクターが存在しない。故にストーリーにも無駄がない。主人公の「玄冬」が記憶を失っているところから物語はスタートするので、玄冬=何も知らないプレイヤーという図式が成り立っている。なので玄冬に感情移入しながら、すっと自然に物語に入り込んでいけるのだ。ゲームには必ず進行役というポジションが存在するものだが、今作でその役割を担っているのが「黒鷹」である。彼は玄冬の育ての親なので物語が進むにつれて、記憶を失くした玄冬にこの世界のシステムのこと、「玄冬」という存在のこと、そしてこれからのことを優しく丁寧に教え、物語を「進行」させていく。正直なところ、私はこのゲームにおいて「黒鷹」の存在がかなり大きく影響していると思っている。進行役はゲームの軸、そして世界観に大きく関わりを持ち、それと同時にそのゲームの本質を反映させたキャラクターだ。よって、進行役のキャラクターがぶれてしまっていると、それこそゲーム全体がぶれることになる。その点、黒鷹は実に進行役として、キャラクターとして、素晴らしい存在だった。穏やかで、誰よりも大人で、感情の起伏が激しくない。常に玄冬の味方だが、彼(=プレイヤー)の選択を見守り諭しながらも、許容してくれる。そんな良き理解者であるために、プレイヤーは常にどこか安心感を抱きながら物語を進められるような気がする。

 

ゲームは登場人物やシナリオとプレイヤーの意思や感情のリンクがないと決して成功はしない。シナリオははじめから用意されているが、プレイヤーは自由に選択はできないからだ。言わば、この後はこう物語が進行しますよと従わさせられている。だが無理やり話の流れにのせられているのと、その流れに自然とのせられるのは全く違う。このゲームはプレイヤーを自然に流れにのせる力が秀逸なのだ。

物語が複雑化すればするほど、プレイヤーとシナリオ間の意思の乖離は顕著にみられる。パルスのファルシのルシがパージでコクーンなどがいい例だろう。実際私はFF13をプレイしたが、世界観と独自用語が複雑すぎて全くストーリーについていけず途中で放棄してしまった笑。(ちなみに花帰葬の独自用語は玄冬と救世主くらいなものである。しかも一つは人の名前でもう一つは私たちが既に知っている名詞なので非常にわかりやすい。)

壮大な世界のゲームをつくろうとすればするほど、プレイヤーをその世界に引き込んでいくのがかなり困難になるのは当然のことだが、技術の進歩に伴いその手のゲームが増えてしまっているのが現状だ。そんな時このゲームをプレイすると、シナリオのあまりのシンプルさに驚いてしまう。しかし、そこに驚きはあっても、物足りなさは決して感じない。何事も、シンプルな方が伝わりやすいという教訓である。

 

 この作品は同人だからこそ成功したと言うべきか、もし普通に企業が制作していたら余計な肉付けがされていたのかもしれない。今見習うべきは、このシンプルさだと個人的には思う。

…といった戯言をつらつらと書いてきたが、音楽や具体的な感想には触れられなかったのでまた別の機会に書くかも。です。

 

花帰葬、おすすめです。特にVITAを持て余してる人はぜひ。DLだと3500円なので。